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墨壺のかたちの変遷

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1. はじまりの墨壺

出土品や古くから伝えられてきた品々を手がかりにすると、古代の墨壺がどのような姿をしていたのかが見えてくる。栄根遺跡(兵庫県川西市)から出土した墨壺は、角材を刳り抜いて作られた、ごく素朴なものである。上面には丸い墨池が掘られ、側板は蕨手状に立ち上がる。使うことを第一に考えた、実直な造りだ。

同時代の墨壺は、平城京跡や志太郡衙跡(静岡県藤枝市)からも見つかっている。いずれも凹型で丸い墨池を備え、飾り気のない、実用品らしい姿をしている。

一方、正倉院宝物の豆墨壺は、少し違った表情を見せる。全長4.2cmという小さな品ながら、墨池の猪の目や蕨手の曲線は丁寧に整えられている。ここには、実用品を超えて墨壺の「かたち」そのものに目が向けられ始めた気配——様式美の芽生えを見ることができる。

2.洗練へ向かうかたち

中世に入ると、墨壺は古代の名残をとどめながら、しだいに洗練された姿へと変化していく。その一例が、東大寺南大門で発見された墨壺である。鎌倉から室町期にかけての作と考えられる。形は直方体を刳り欠いた凹型(尻割れ)を基本とし、小さな墨池や蕨手状の側板など、古代と共通する要素を残している。

一方で、全体のプロポーションは縦長となり、中央には吊り下げ用の金具が備えられ、糸車も金具で固定されるようになる。墨池にはわずかに木瓜形があらわれ、蕨手は二段の曲線を描くなど、細部には意匠的な工夫が見られる。

応永三年(1396)銘の墨壺(Fig.1)も同様の形を示すが、こちらは儀式用とみられ、金具による装飾はいっそう華やかである。こうした特徴は、近世初期の日光東照宮(図21)や春日大社、東大寺に伝わる儀式用墨壺へと受け継がれていく。

Sumitsubo with Inscription Ōei 3
Fig.1   応永三年銘墨壺
1396年 木/真鍮 須田コレクション inv. A112724 7.0 × 8.0 × 16.8 cm
池下面に「春日社応永三年八月十一日」との墨書を残す。糸車と吊輪は欠損。上面と側面は唐草文の真鍮金具で覆われ、側面中央の木部には渦文をあらわす。蕨手は、複数の曲線を組み合わせた造形となっている。
応永三年銘墨壺 側面
Fig.2   同 側面
応永三年銘墨壺 下面
Fig.3   同 下面
Fig.4 Sumitsubo depicted in the section on the Banjo, Shichijūichi-ban Shokunin Uta-awase
Fig.4   『七十一番職人歌合』(文化9年版)「番匠」挿図
1812年 inv.C140006
東大寺南大門発見墨壺と類似。原本は室町時代1500年頃成立。

3. 完成の域へ

江戸時代の墨壺は比較的多く残されているが、制作年が明確に分かるものは少ない。ここでは、文久3年(1863)銘の墨壺(Fig.5)を手がかりに、その姿を見てみよう。

江戸後期になると、従来の凹型(尻割れ)に代わり、尾部を閉じた口型(穴型)が主流となる。壊れにくさを意識した形で、側板は本体と一体化し、蕨手形は雲形へと変化した。また、専用の下振りが用いられるようになり、吊り下げ金具は不要となった。

壺糸が細くなったことで糸車は薄型となり、大径化が可能になる。さらに墨池も拡大し、全体は上から見ると杓文字のような姿となる。現在作られている墨壺もこの形を受け継いでおり、木製墨壺は江戸後期にひとつの完成の域へと達したといえる。


Sumitsubo Inscribed Bunkyū 9
Fig.5   文久九年銘墨壺
1863年 木製 inv. A111211 8.5 × 8.8 × 21.5 cm
池下面に「文久癸亥」の刻銘をもつ。糸車は装飾を施さないベタ車であるが、全体のプロポーションはよく練られている。頭部は舟形の先端を切り落とした形状とし、尾部は丸まり渦を巻く造形で、後の源氏型へとつながる意匠が認められる。壺口はまだ備えられておらず、糸による摩耗の痕が残る。
Fig.6 同 下面
Fig.6   同 下面

Fig.7 Brass Shutsubo Inscribed Tenpō 9
Fig.7   天保九年銘真鍮朱壺
調七 1838年 真鍮 安井コレクション inv.A111211 6.2 × 5.7 × 12.0 cm
池下面に「天保九戊戌 三月調之銅方 調七作」の刻銘があり、銅職人(銅方)の調七が製作したことが知れる。全体が真鍮製で細かな彫金がほどこされ、朱壺として使用された跡が残る。池は円筒形で側面には鳳凰、糸車部は海老状に反り、側面には桐に桔梗、把手には蓮と橘を打ち出している。地は魚々子打ち。

Fig.8
Fig.8   『彩画職人部類』挿図
1784年 inv.C140003
中世の墨壺と比べ、糸車が薄くなっている。

Fig.9『和漢三才図会』挿図
Fig.9   『和漢三才図会』挿図
1712年 inv. C190003
尻割れの形状は残すが尾部は閉じている。桑が最上で欅がこれに次ぐと記す。

4. 製品の時代―東京から三条へ

墨壺は自分で作るもの…だが、なかには細工が下手な大工もいる。腕の立つ仲間に「俺のも作ってくれ」と頼むこともあっただろう。

明治中期、産業の発展とともに建築需要が高まり、大工の数も増えていった。そうした東京で、ある人物が墨壺の受注生産を始めたところ、大きな評判を呼んだ。彼は「坪金」の名で商売を広げ、やがて弟子を抱えるまでに成長する。弟子たちも独立し、ここに“産業としての墨壺づくり”が生まれた。

やがて、職人の一人が事件をきっかけに東京を離れ、新潟・三条へと移る。彼が伝えた墨壺づくりの技は、冬場に屋内作業が求められた土地柄とも相まって、次第に地域へ広がっていった。こうして三条は、地場産業として墨壺生産が根付く地となる。

一方、都市化が進む東京では、製造を続ける環境がしだいに厳しくなり、墨壺づくりは衰退していく。昭和40年代、壺豊の仕事を最後に、「東京墨壺」は静かにその役割を終えた。


Fig.10大墨壺「先代坪金之形」
Fig.10   大墨壺「先代坪金之形」
三代目坪清 1926年 欅 個人蔵 16.0 × 41.0 × 16.5 cm
大墨壺としては最古級に位置づけられる。壺下面には「大正十五年五月吉日 先代坪金之形 三代目坪清之作 五十八才」との刻銘を有する。坪金は、明治初期に東京で墨壺製造を創始した人物として知られ、その弟子の一人に坪清がいたことも伝えられる。本作に「三代目坪清之作」とあることから、坪金の系譜を引く弟子筋であろう。舟形の頭部を切り落とす形式は古風である一方、糸車には猪の目に菱形を組み合わせた洒落た透かしを施す。池の根元には高く盛り上げた渦を配し、糸車部も大きく透かされている。尾部は若葉が反り上がるような躍動的造形を示し、全体として、単なる実用品の域を超えた、専門職ならではの高い造形力がうかがえる。
Fig.11 Bottom view
Fig.11   同 下面(刻銘)



Fig.12 Giant Sumitsubo “Crane and Tortoise”
Fig.12   大墨壺「鶴亀」
二代目壺豊 20世紀中期 東京 欅 16.0 × 16.5 × 41.0 cm
二代目壺豊(小見庄吉・1904年生)作。初代壺豊(小見豊吉・1875年生)は、1891年に坪金の弟子である壺仙に入門した。二代目はその実子にあたり、端正な造形を特徴とする作風で、東京墨壺の名人として知られた。1963年頃に病を得て引退。
Side view of Fig.12
Fig.13   同 側面


Sumitsubo “Tortoise”
Fig.14   墨壺「亀」
壺豊 20世紀中期 東京 欅 inv. A112496 10.2 × 24.6 × 10.5 cm
裏面に「壺豊」の刻印を打つ。二代目または三代目の作と考えられる。三代目は東京から茨城へ移り、製造を続けたが、昭和40年代後半に廃業した。


Fig.15 大墨壺「四霊」
Fig.15   大墨壺「四霊」
壺久 1931年 東京 欅 inv. A111017 25.0 × 67.0 × 25.0 cm
頭部は亀、側面に麒麟、尾部に鳳凰と龍という「四霊」を豪華に彫り込む。4点もの画題を彫るとバランスが崩れがちだが、うまくまとめており、相当な技量をもった作者であろう。壺下面に「昭和六年三月 坪久之作」の刻銘が残り、制作年と作者がわかるが、坪久なる人物については詳細不明。東京の墨壺職人と見られる。
Fig.16 同 側面
Fig.16   同 側面
Fig.17 同 下面(刻銘)
Fig.17   同 下面(刻銘)
Fig.18 同 前面
Fig.18   同 前面

5. 大墨壺 ―三条墨壺の盛衰

戦後の復興から高度経済成長期にかけて、建築需要は爆発的に増加した。それに伴い、三条の墨壺は飛ぶように売れ、機械を導入して大量生産を始めても、需要に追いつかないほどであった。

職人の数が増えると、なかには彫物に秀でた者も現れる。一文字正兼や成孝などである。彼らが作る墨壺は、実用性よりも装飾的価値が高まり、次第に豪華さを追求するようになる。その結果、墨壺自体が巨大化し、長さが「尺超え」(30cm以上)の大墨壺が登場した。主に道具店の店頭ディスプレイとして活躍したのである。

一方、需要の高まりはプラスチック製墨壺の登場も促した。大量生産が可能で壊れにくいことから、木製墨壺は瞬く間に市場から駆逐されていく。バブル期までは、大墨壺の注文は依然として絶えなかったが、バブル崩壊とともにその需要も消えた。令和の時代、世界的にも稀な独特の木製墨壺生産業は、静かにその幕を下ろしつつある。

Fig.19 三条墨壺
Fig.19   三条墨壺
a. 「鶴亀」一文字正兼 1984年 欅 inv. A110668 10.0 × 28.0 × 11.5 cm
b. 「鶴亀」坪芳 20世紀後期 欅 inv. A112692 9.6 × 27.0 × 11.2 cm
c. 「鯉」坪辰 1985年 欅 inv. A110668 10.0 × 28.0 × 11.5 cm
東京墨壺の系譜を受け継ぎ、若葉型を基本に、池の周囲へ縁起物や瑞獣を彫り込む作例が多い。


Fig.20 大墨壺「水龍」
Fig.20   大墨壺「水龍」
a. 重翁 20世紀後期 欅 inv. A112652 12.8 × 34.5 × 14.5 cm
b. 成孝(真保孝一) 20世紀後期 欅 inv. A112691 11.5 × 30.5 × 12.3 cm
水龍は水・雲・雨を司る霊獣として、流動的な造形で彫られる。治水や防火、工事安全を象徴するので彫刻に好んで用いられた。池の廻りに胴体をめぐらし、中央に顔、先端には宝珠を掴む姿が彫られる。.

*墨壺職人・真保孝一(1927年生):戦後に三条で墨壺彫りを始め、「成孝」銘で作品を制作した。精緻な彫刻を得意とし、大墨壺も数多く手がけている。



Fig.21 大墨壺「鶴亀」「龍鶴」
Fig.21   大墨壺「鶴亀」「龍鶴」
a. 一文字正兼 1980年代 三条 欅 inv. A112695 19.5 × 52.0 × 20.5 cm
b. 一文字正兼 1980年代 三条 欅 inv. A112696 15.0 × 42.5 × 16.5 cm
かつて東京の道具店の店頭を飾った大墨壺である。定番とされる鶴と亀の配置を基本としながら、瑞獣部分には親子亀や水面から顔をのぞかせる龍を配し、立体感を強調している。糸車部には菊水の透彫を施し、造形の奥行きをさらに高めた。尾部には鯉の滝登りを愛らしく彫り込む。頭部はいずれも、鶴が大きく羽を広げる姿を際立たせるため、斜めに高く切り上げられている。やや誇張された印象はあるものの、全体として躍動感に富んだ造形である。
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Fig.22   「龍鶴」側面
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Fig.23   「鶴亀」側面
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Fig.24   「龍鶴」尾部の「鯉の滝登り」
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Fig.25   「龍鶴」尾部の小亀

墨壺職人・小原兼吉:1924年三条生まれ。小学校卒業後に弟子入り。戦後復員して独立。仕事が速く、人の倍の仕事量をこなした。やがて鶴亀を多く手がけ、従来は扁平だった鶴の羽を、ふくらみのある立体的な造形で表現した人物とも。のちに「一文字正兼」を名乗り、大墨壺の制作に専念。後半生は受注による大墨壺制作に従事した。スポーツカーや鯉の養育に熱中したり、制作で得た収入を惜しげもなく使った豪放な人物像も語り伝えられる。



大墨壺「獅子戯児」
Fig.26   大墨壺「獅子戯児」
田中三郎 1975年 長岡 欅 inv. A112680 52 × 130 × 55 cm
新潟の道具問屋が、イベントでの見世物用として製作させた長さ4尺の大墨壺で、箱書きには「日本一墨壺」と記されている。あまりに巨大であるため、彫刻は墨壺職人ではなく彫刻家・田中三郎氏の手による。彫刻の画題は、中国由来の「獅子戯児」で、成獅子と子獅子が戯れる姿を表す。墨壺全体には成獅子を彫り込み、糸車部の側面にはその顔が配されている。糸車と墨池の間に立つ像が子獅子である。写真左手は標準の8寸(約24cm)墨壺である。
Fig.27 同 側面
Fig.27   同 側面
Fig.28 同 側面
Fig.28   同 側面
Fig.29 同 部分(子獅子)
Fig.29   同 部分(子獅子)


Fig.30合成樹脂製墨壺
Fig.30   合成樹脂製墨壺
1970年代 合成樹脂 inv. A110067 9.2 × 23.5 × 10.0 cm
1970年代頃から普及。落としても壊れない、安価という特徴がある。「長雲」銘で販売されたが、原型を製作したのは一文字正兼※だと伝わる。※「長雲」の原型は墨壺職人・小山操の製作とのご指摘をいただきました。お詫びして訂正いたします。


Fig.31真鍮製横型墨壺
Fig.31   真鍮製横型墨壺
1970年代 真鍮 inv. A112007 7.0 × 8.0 × 16.8 cm
本体に真鍮を用いることで薄型化を実現し、さらに横回し型とすることで凹凸を抑え、よりコンパクトな形状に仕上げている。1969年に意匠登録された製品である。


Fig.32(参考)現代の市販品墨壺
Fig.32   (参考)現代の市販品墨壺
プラスチック製で堅牢。自動巻き取り機構や墨液漏れ防止機構、押さえやすい樹脂製の鶴首、さらにベルトへ装着できるホルダーなど、木製の墨壺とは比べものにならないほど多くの機能を備えている。


凡例

  • 展示品および図録のキャプションは、資料名、作者、製作年、製作地、材質、所蔵者/登録番号、寸法の順に記載した。情報が不明な場合は該当項目を省略した。

  • 出品資料の多くは竹中大工道具館所蔵品であるため、該当資料は所蔵表記を省略し、かわりに登録番号を示した(inv.+A, C, Eを冠した6桁の数字)。

  • 竹中大工道具館所蔵品の墨壺には次の3種のコレクションがある。これらに該当する場合はキャプション中に示した。①安井武雄コレクション、②須田昭義コレクション、③塩野谷莫山コレクション

  • 各図には通し番号を付与し、名称の前に記した。図版中に複数の資料が掲載されている場合は画像の上から順にa, b, cの番号を振って区別した。展示せず参考として紹介したものには(参考)と示した。

  • 資料の寸法については、高さ×長さ×幅の順に示した。

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